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オフコース・小田和正の音楽と建築のアナロジー

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作曲するというとイメージするのは、メロディーが浮かんできてそれに詞をつける、または詞を書いてそれにメロディーをつける、そのどちらかだと思います。僕も中学生まではそう思っていました。この番組(「若い広場 オフコースの世界」)で、そのどちらでもない方法でオフコースは作曲していたことが明らかになりました。その方法は、メロディーも詞もなく、コード進行とAメロBメロなどの曲の構成のみが楽譜に書いてある。それを5人で演奏しながら曲を作り上げていくという方法でした。これにはかなり衝撃を受けました。今思えば、コード進行を決めていくときに断片的にメロディーやアレンジのイメージは浮かんでいたはずです。でもそれを前面には押し出さずにアルバム全体の流れを考慮しつつ、アレンジからまとめていくのです。これは設計初期のエスキス(スタディ)を想起させます。コード進行・曲の構成は空間のダイアグラムのようなものです。空間のプログラム(機能とそのつながり)をどう作っていくのか、それに酷似しています。このコード進行が曲の流れを作っていくのと同様に、建築ではダイアグラムが空間の流れ(ストーリー)を作っていきます。これを音の構成要素である、ドラム、ベース、ギター、キーボードを軸とした音の重なりでスタディしていくのです。非常に抽象的な作曲方法です。(まあ音楽は抽象的なものではありますが。)特にドラムとベース進行はかなり気を遣っているように思います。ドラムとベースは建築で言えば、構造体のようなものです。この構造体の設計ひとつで大空間ができたり、思いも掛けない空間を可能にするのです。小田さんはコード進行でベース音にテンション(9th/11th/13th)を入れる、分数コードをよく使用しています。これはピアノで作曲しているからだと思っていたのですが、最近アルフィーの坂崎さんのラジオ番組で鈴木さんと対談している時に分数コードの話が出てきて、洋楽のコピーをしていた時からギターでも良く使っていたという話でした。まあどちらにしてもベース音の動きについてはかなり神経を遣っていたようです。そうやって繰り返し繰り返し、音を重ねて、リズム・曲調・アレンジを試しながら構築していく。その間にメンバー同志でかなり活発なやりとりがされています。映像にされていない部分ではもっと激しいやりとりがあったのではないかと思いますが。それはまさに繰り返し繰り返しスタディする建築の設計作業そのものです。大きな流れから細かいアレンジ・ディテールへ、イメージはシームレスに繋がっていきます。面白かったのは、5人でスタディしている時に、松尾さんや鈴木さんが何気なくコード進行に合わせてアドリブでギターを合わせているのですが、これがあとで重要なフレーズに転化されているようです。こういった方法で大きな曲の流れ・アレンジが出来上がっていきます。そしてまず、楽器のレコーディングをおこないます。そして、詞・メロディーへと進むのです。オフコースの曲を聞いていると感じるのは、詞が一発では頭に入ってこないということです。あまりに詞が音に素直にのっているので、詞(意味のある言葉)ではなく音として認識されてしまうのです。洋楽と同じです。たぶん僕はオフコースを洋楽と同じ聞き方をしていたのだと思います。さて詞ですが、これにはかなり小田さんは苦労しています。アルバム全体の大きな流れに沿って詞も構築しようとしていると思うのですが、テーマの選択と言葉の選択にかなり格闘している姿が番組の中で見えてきます。解散するという思いを詞にすると別れという言葉が多くなる。でもこれからのことを考えると明日へつなげる思いも書かなくてはいけない。そんな思いがあったのではないかと思います。オフコースの詞が完全に音の一部になっているのは、詞をそのままメロディー化していることによります。コード進行ができた時点でメロディーラインはある程度構築できているようですが、詞に合わせて譜割を何度も変えて、かつ詞とメロディーも変更しながらいかに音にのせていくかの試行錯誤を繰り返しています。「哀しいくらい」という曲のレコーディングで詳細に描写されていますが、歌の入りの部分はアルバムのバージョンと当初は大きく異なっています。繰り返し歌う小田さんに清水さんがダメ出しやアドバイスをしながらまとめていきます。そうして、やっと歌録りが行われるのです。設計で言えば、メロディーや詞は実際に目に見える空間の表現という感じだと思います。またオフコースの曲で重要な要素の一つにコーラスがあります。このコーラスラインは歌という範疇ではなく、むしろ楽器として扱われているような気がします。あとで書きますが、オフコースのアルバムの各曲はライブと直結した構成になっています。基本的に5人で演奏するために作曲されています。楽器は主に一人ひとつしか演奏することができませんが、声という楽器を使えば、一人でふたつの楽器を演奏しているのと同じです。そういうコーラスラインだと思います。ここで、詞と建築についての関連性についても触れておきます。小田さんの書く詞は抽象的かつ断片的です。あまり具体的な表現は出てきません。風景描写や感情描写もありますが、それがトータルにべったりと描かれることはありません。それはサウンドにも共通していて、この番組のインタビューの中で「オーバープロデュースを嫌う」と語っています。これは、サウンドも詞も作り込みすぎないという事です。余白・行間を重視していると言い換えてもいいかもしれません。聞く人がその余白の部分を自分で足して聞くということです。これは建築空間に対する考えそのものと言えます。建築はそのほとんどは余白・空間です。その空間に自分で家具や展示物などを足したり、何かとイメージを重ねたり、居場所を見つけたりして自分のものにしていくのです。楽器・歌、全ての録音が終わった時点で、ミックスダウンが行われます。録音した音をひとつにまとめ上げる作業です。これは設計図書を作り、模型などの最終形をまとめることやプレゼンテーションと同じ作業です。この「over」というアルバムのミックスダウンは前作の「We are」と同じエンジニア、ビル・シュネーに委ねられています。当時、ミックスダウンの仕方でこれだけ音が違って聞こえるのかという思いがしたことを覚えています。ミックスダウンまで日本で全て制作した「Three and Two」と「We are」では音のきらびやかさ、鮮明さが全く違います。そうした作業全てを終了し、出来上がったアルバムが「over」でした。夏から始まったレコーディングは2ヶ月半・スタジオ使用時間800時間を経た初冬にまでおよび、ロスアンジェルスの道で戯れるオフコース5人の姿で番組は終わります。そして1982年1月22日から6月30日まで全国28か所69公演の「Off course Concert 1982 “over”」へと突入します。

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このコンサートはDVD「Off Course 1982 武道館コンサート:EMIミュージック・ジャパン」で見ることができます。「over」のライブもそうでしたが、「We are」以降のオリジナルアルバムに伴うコンサートの一曲目はアルバムの一曲目を演奏しています。「over」でもインストゥルメンタルの「心はなれて」からマグネシウムの光の中で「愛の中へ」が始まります。重厚なイントロ、白い煙の中から徐々に現れる5人の姿、演出も演奏も素晴らしい。今見ても感動する瞬間です。アルバム制作中からライブを見越した構成です。演奏はアルバムの音を忠実に再現しているように聞こえますが、「愛の中へ」を例にすれば、イントロはアルバムではツインギターですが、ライブでは小田さんのプロフィット5のキーボードと松尾さんのギターに変更され、鈴木さんはWネックギターの12弦の方でコードを弾き、音に厚みを持たせています。アルバム自体は5人の演奏可能な構成にしていますが、実際の演奏を考慮しての変更(建築での現場変更と似ている)しています。アルバムではフェードアウトしている部分はライブのための特別なエンドとして、次の曲へのつながりをよりスムーズにしているようです。このライブでも特徴的なのはドラムとベースの音量の大きさが挙げられます。5人でアルバムを再現するのは簡単そうで実は結構難しいものです。ライブにするとスカスカした感じになってしまいます。それをドラムとベースの音量で空間を埋めて、それを感じさせない構成にしています。演奏に特化した記述になってしまいましたが、ここでも建築とのアナロジーが見られます。セットは白(音響モニターも白に塗られています)、服装も白(鈴木さんだけピンクのジャケットですが・・・)とモダニズムの建築を思わせます。この空間で、音と光の演出(ライティングシステムとレーザーシステム)が繰り広げられます。突き抜ける音が広がる空間はゴシック建築の内部空間のような印象さえ受けます。そこには、一過性ではあるけれど、「音楽」という「建築」が建ち上がっていました。

オフコース・小田和正の音楽には無駄な音がない。研ぎ澄まされた感じがします。なくてはならない音と余計な音がない構成。機能と形態が一致している(ものを目指す)モダニズム建築の理念に近い感じがします。でも純粋なモダニズム建築というよりはモダニズムの理念をさらにブラッシュアップした先の建築、透明感のある建築(音楽)に近い。現代の建築家でいえば、SANAA(妹島和世・西澤立衛)の建築のような印象を受けます。80年代初期はポストモダンへの移行期ですが、モダニズムの先を行くという意味では確かにポストモダン的ですが、デコンストラクティブ(脱構築)ではない。今へ通じる流れです。そうした音楽であったことが、35年以上たった今でも当時のオフコースの音楽が古びて聞こえない理由なのかもしれません。小田さんは、建築の設計を通して体得した、コンセプトから空間へと昇華させるプロセスを音楽に対してもおこなっていた、そう言えるのではないでしょうか?それが、オフコース(小田和正)の音楽が構築的・建築的だと言われる最大の要因になっていることは、たしかなことなのだと思います。

今回はオフコース・小田和正の音楽と建築のアナロジーについて書いてみました。もう少し、論をうまく展開したかったのですが・・・

そのうち小田さんの声についても、僕なりの見解を書いてみようと思います。それでは。

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黒川浩之-Kurokawa Hiroyuki-
株式会社FAR EAST 代表取締役
一級建築士
1968年生まれ 東京都出身
横浜国立大学大学院修了

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